商標は家畜の「焼き印」から始まった

商標はトレードマークといわれたり、ブランドといわれたりすることがあります。

トレードマークやブランドは、もともと家畜などに焼き印を施し、他人の家畜と区別したのが始まりといわれています。

何人もの放牧農家が入り交じって放牧を行うと、どれが誰のものか分からなくなってしまいます。そこで、焼き印を押すことで、自分と他人の家畜を区別できるようにしておけば、それぞれの家畜の所有者がすぐに分かるようになります。さらには、良質な家畜を提供する生産者のものであることを、第三者、例えばお客さんが選ぶこともできるようになります。
消費者から継続的に商品を選んでもらえる、そうして永続的に事業を行えるようになるのです。

現在、商品やサービスを提供するときに商標をつけるのも、昔の家畜に焼き印を入れていたときと同じ発想なのです。

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フランス発、商標法

商標を規定する法律はフランスで初めて制定されました。1857年同国の「製造標および商業標に関する法律」が商標の登録制度を定めた法律の世界第1号です。
それまでも、他人の商標を無断で使用した場合には詐欺や偽造などとして罰則の対象にはなっていたのですが、この法律ではじめて商標の登録が制度化されました。フランス発というのがブランド大国らしいですね。
それから現在まで、登録の対象を、平面的なものから立体的なもの、そして音商標や色商標のように、バリエーションを増やしながら商標は発展してきています。

日本の商標法

日本では、明治政府が近代国家をめざし殖産興業、富国強兵の一環として欧米の法制度であった商標法を導入しました。
そもそも特許制度や商標制度は欧米からやってきた制度です。1884年に商標条例が公布され、1885年には、のちに総理大臣になる高橋是清が起草した専売特許条例が発布施行されました。

これで、制度はできたものの、日本の技術が外国人に独占されてしまうことを恐れて審査を厳しくしたために、日本人の出願に対しても門戸を狭めることとなってしまいました。鎖国政策等によって、もともと技術水準の低かった日本人の特許出願はほとんどが拒絶されるような状況でした。
このため、特許や商標の制度をよく理解し、出願等の手続を適正に行えるようにと、1890年に特許局事務官が「東京特許代言社」を東京の神田と築地に開設しました。これが弁理士の仕事の始まりといわれています。弁護士制度が生まれたわずか数年後には弁理士の制度が誕生しているのです。商標や特許とは、知的財産権を守るために重要な制度です。そのために生まれたのが、弁理士という仕事です。

富澤 正

弁理士。当サイト『発明plus(旧:開発NEXT)』および同タイトルのフリーペーパーの編集主幹。
■経歴
知財コンサルタント。コスモス特許事務所パートナー。名古屋工業大学非常勤講師。
1980年愛知県生まれ。名古屋工業大学大学院修了。
特許業務の傍ら、知的財産の執筆活動・講演活動などを行う。自身の知的財産権を活かしてアイデア商品を作るベンチャー企業Time Factory株式会社を設立し、資格試験の受験生向けの商品などを手掛ける。
■専門分野
知財ビジネスマッチング、開放特許活用戦略、知財を活かしたビジネスモデル作り
■著書
『社長、その商品名、危なすぎます!』(日本経済新聞出版社)
『理系のための特許法・実用新案法』(中央経済社)
『理系のための意匠法』(中央経済社)
『理系のための商標法』(中央経済社)
■連載
『日経産業新聞』にて連載 (2017.5.12~20217.5.20)
『中部経済新聞』「みんなの特許」を毎週月曜日に連載中 (2014.4~現在)『サンケイビジネスアイ』「講師のホンネ」にて月1コラム連載 (2013.5~2014.1)
『日刊信用情報』にて「知財コンサルタント富澤正の「知的財産権を極める」」を週1コラム連載 (2013.9~2014.8)